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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)2484号 判決

名古屋市緑区青山一丁目二九番地

原告

森屋功夫

右訴訟代理人弁護士

西村諒一

右輔佐人弁理士

竹中一宣

名古屋市天白区植田南二丁目二二八番地

被告

株式会社近江屋商店

右代表者代表取締役

丹羽昭治

右訴訟代理人弁護士

藏冨恒彦

右輔佐人弁理士

松波祥文

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙目録記載のイ号方法若しくはロ号方法により豆腐を製造し、又はこれらの方法により製造した豆腐を販売してはならない。

2  被告は、エマライトを加えた豆乳を攪拌槽に注ぐ工程を含む方法により豆腐を製造し、又は右方法により製造した豆腐を販売してはならない。

3  被告は、エマライトを加えた豆乳を攪拌槽に注ぐ工程、塩化マグネシウムが注入された攪拌槽内の豆乳を三ないし四秒間攪拌して混合物を生成する工程及び金属板若しくは板状のへらを差し入れ混合物の流動を静止する工程を含む方法により豆腐を製造し、又は右方法により製造した豆腐を販売してはならない。

4  被告は、原告に対し、金四四七三万円及びこれに対する平成四年一〇月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

5  訴訟費用は、被告の負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の(一)ないし(三)の特許権(以下、「本件特許権(一)ないし(三)」といい、当該発明を「本件発明(一)ないし(三)」という。)を有している。

(一) 特許番号 第一五三四三一〇号

発明の名称 豆腐の製造方法

出願日 昭和五八年一一月二九日

公告日 平成元年三月一六日

登録日 平成元年一二月一二日

(二) 特許番号 第一三九五四九四号

発明の名称 苦汁豆腐の製造方法

出願日 昭和五七年七月二四日

公告日 昭和六二年一月二八日

登録日 昭和六二年八月一一日

(三) 特許番号 第一三九八二九七号

発明の名称 苦汁豆腐の製造方法

出願日 昭和五七年九月三〇日

公告日 昭和六二年二月五日

登録日 昭和六二年九月七日

2  本件各特許権の各特許請求の範囲は、次のとおりである。

(一) 本件特許権(一)

「1 所定の固形物含有率を有し、かつ六〇℃~九〇℃程度の温度を保有する所定量の均質乳化されている豆乳を攪拌槽内にてほぼ三秒間程度で、かつ一秒間に〇・五回~一回程度の回転スピードで強く攪拌して均質なコロイド状態を生ぜしめ、含有大豆蛋白を均質に分散させると共に含有大豆脂肪を均質に乳化させる工程と、

このほぼ八〇℃程度の温度を保有し、かつ均質なコロイド状態を呈する豆乳中に所定量の塩化マグネシウムを添加して得られる混合物を、長くとも六秒間、好ましくは二秒~四秒間程度で、かつ前述と同様に強く攪拌して、添加した塩化マグネシウムを前記均質なコロイド状態を呈する豆乳中に瞬間的に拡散せしめて均質化された混合物を生成する工程と、

この均質化された混合物の流動を凝固反応が開始される前で、通常前記の流動後三秒程度経過した時点で実質的に静止する工程と、

この静止した混合物を放置した蛋白凝固させる工程と、

で構成されている豆腐の製造方法。

2  塩化マグネシウムが安定化された水溶液の形態であり、該水溶液には食用油脂及び乳化剤等からなる分散剤が添加されている特許請求の範囲第1項記載の豆乳の製造方法。

3  所定の固形分含有率を有し、かつ六〇℃~九〇℃程度の温度を保有する所定量の均質乳化されている豆乳を攪拌槽内にてほぼ三秒間程度で、かつ一秒間に〇・五回~一回程度の回転スピードで強く攪拌して均質なコロイド状態を生ぜしめ、含有大豆蛋白を均質に分散させると共に含有大豆脂肪を均質に乳化させる工程と、

このほぼ八〇℃程度の温度を保有し、かつ均質なコロイド状態を呈する豆乳中に所定量の塩化マグネシウムを添加して得られる混合物を、長くとも六秒間、好ましくは二秒~四秒間程度で、かつ前述と同様に強く攪拌して、添加した塩化マグネシウムを前記均質なコロイド状態を呈する豆乳中に瞬間的に拡散せしめて均質化された混合物を生成する工程と、

この均質化された混合物の流動を凝固反応が開始される前で、通常前記の流動後三秒程度経過した時点で実質的に静止する工程と、

この静止した混合物を放置した蛋白凝固させる工程と、

この蛋白凝固した豆腐を更に圧縮し水分の流出をなす圧縮成型工程と、で構成されている水分含有量の少ない豆腐の製造方法。」

(二) 本件特許権(二)

「ごに大豆油等の食用油脂、リン脂質類、乳化剤及び六〇℃以上の熱湯並びに少量のシリコン油を混合してなる苦汁分散剤を添加し、然る後に煮沸加工を行い苦汁分散剤入り豆乳を生成し、この苦汁分散剤入り豆乳に適量の苦汁を混入してなる苦汁豆腐の製造方法。」

(三) 本件特許権(三)

「天然の苦汁に、少量の水と大豆油等の食用油脂、リン脂質類、乳化剤及び六〇℃以上の熱湯を混合して安定させた苦汁分散剤とを予め配合して均質化させ、この配合物を定量の豆乳に添加、反応させることを特徴とする苦汁豆腐の製造方法。」

3  本件各発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。

(一) 本件発明(一)

(第1項)

A1 所定の固形物含有率を有し、かつ六〇℃~九〇℃程度の温度を保有する所定量の均質乳化されている豆乳を攪拌槽内にてほぼ三秒間程度で、かつ一秒間に〇・五回~一回程度の回転スピードで強く攪拌して均質なコロイド状態を生ぜしめ、含有大豆蛋白を均質に分散させると共に含有大豆脂肪を均質に乳化させる工程と、

B1 このほぼ八〇℃程度の温度を保有し、かつ均質なコロイド状態を呈する豆乳中に所定量の塩化マグネシウムを添加して得られる混合物を、長くとも六秒間、好ましくは二秒~四秒間程度で、かつ前述と同様に強く攪拌して、添加した塩化マグネシウムを前記均質なコロイド状態を呈する豆乳中に瞬間的に拡散せしめて均質化された混合物を生成する工程と、

C1 この均質化された混合物の流動を凝固反応が開始される前で、通常前記の流動後三秒程度経過した時点で実質的に静止する工程と、

D1 この静止した混合物を放置した蛋白凝固させる工程とで構成されている

E1 豆腐の製造方法。

(第2項)

A2 塩化マグネシウムが安定化された水溶液の形態であり、

B2 該水溶液には食用油脂及び乳化剤等からなる分散剤が添加されている

C2 特許請求の範囲第1項記載の豆乳の製造方法。

(第3項)

A3 所定の固形分含有率を有し、かつ六〇℃~九〇℃程度の温度を保有する所定量の均質乳化されている豆乳を攪拌槽内にてほぼ三秒間程度で、かつ一秒間に〇・五回~一回程度の回転スピードで強く攪拌して均質なコロイド状態を生ぜしめ、含有大豆蛋白質を均質に分散させると共に含有大豆脂肪を均質に乳化させる工程と、

B3 このほぼ八〇℃程度の温度を保有し、かつ均質なコロイド状態を呈する豆乳中に所定量の塩化マグネシウムを添加して得られる混合物を、長くとも六秒間、好ましくは二秒~四秒間程度で、かつ前述と同様に強く攪拌して、添加した塩化マグネシウムを前記均質なコロイド状態を呈する豆乳中に瞬間的に拡散せしめて均質化された混合物を生成する工程と、

C3 この均質化された混合物の流動を凝固反応が開始される前で、通常前記の流動後三秒程度経過した時点で実質的に静止する工程と、

D3 この静止した混合物を放置した蛋白凝固させる工程と、

E3 この蛋白凝固した豆腐を更に圧縮し水分の流出をなす圧縮成型工程とで構成されている

F3 水分含有量の少ない豆腐の製造方法。

(二) 本件発明(二)

A4 ごに大豆油等の食用油脂、リン脂質類、乳化剤及び六〇℃以上の熱湯並びに少量のシリコン油を混合してなる苦汁分散剤を添加し、

B4 然る後に煮沸加工を行い苦汁分散剤入り豆乳を生成し、

C4 この苦汁分散剤入り豆乳に適量の苦汁を混入してなる

D4 苦汁豆腐の製造方法。

(三) 本件発明(三)

A5 天然の苦汁に、少量の水と大豆油等の食用油脂、リン脂質類、乳化剤及び六〇℃以上の熱湯を混合して安定させた苦汁分散剤とを予め配合して均質化させ、

B5 この配合物を定量の豆乳に添加、反応させることを特徴とする

C5 苦汁豆腐の製造方法。

4  本件各発明の作用効果は、次のとおりである。

本件各発明は、豆乳を攪拌槽内で強く攪拌して均質なコロイド状態にし、かつ、大豆脂肪の均質な乳化状態により塩化マグネシウムの凝固反応を遅らせて均質なコロイド状態にある前記豆乳への塩化マグネシウムの浸透を可能とし、塩化マグネシウムが一定の組成を保とうとする性質を利用して、均質に分散された状態の大豆蛋白に塩化マグネシウムを反応させ、蛋白凝固の均質化による豆腐の製造方法を提供するものである。

すなわち、本件各発明による豆腐の製造方法によれば、特殊な方法で強い攪拌を介して豆腐中の含有物質を均質なコロイド状態とし、塩化マグネシウムの浸透を促すと共に、凝固反応が生ずる前に混合物の流動を静止し、かつ、塩化マグネシウムの性質を組み合わせた方法であるので、均質な蛋白凝固反応によるまろやかで適度の苦味があり、やわらかく嵩のある豆腐ができるし、従来のような、大豆の漬豆時間、煮沸条件、豆乳温度等の諸条件に煩わされずに、塩化マグネシウム豆腐(いわゆる苦汁豆腐)が製造できるものである。

更に水分含有量の少ない圧縮豆腐ができ、栄養価が高く調理のしやすい豆腐が提供できる。

特に本件各発明の方法を使用すれば、塩化マグネシウムを使用した各種豆腐を作業性良く、比較的簡易に大量生産方式及び自動化方式により製造できる。

5(一)  被告は、別紙目録記載の「イ号方法」及び「ロ号方法」を用いて豆腐を製造し、販売している。

(二)  イ号方法及びロ号方法の構成は、次のとおりである。

(1) イ号方法

a1 底面が半球状の攪拌槽内に所定量の消泡剤を加えた豆乳を注ぐ工程と、

b1 プロペラ状の攪拌羽根によって、毎秒八ないし九回転のスピードで一〇ないし一三秒間攪拌槽内の豆乳を攪拌する工程と、

c1 所定量の塩化マグネシウム水溶液を攪拌槽内に注入する工程と、

d1 三ないし四秒間前記b1同様の方法で塩化マグネシウムが注入された攪拌槽内の豆乳を攪拌して混合物を生成する工程と、

e1 攪拌槽内に金属板を差し入れ混合物の流動を静止する工程と、

f1 この静止した混合物を蛋白凝固させる工程からなる

g1 豆腐の製造方法。

(2) ロ号方法

a2 底面が半球状の攪拌槽内に所定量の消泡剤を加えた豆乳を注ぐ工程と、

b2 板状のへらによって、一〇ないし一三秒間攪拌槽内の豆乳を攪拌する工程と、

c2 所定量の塩化マグネシウム粉末を攪拌槽内に注入する工程と、

d2 三ないし四秒間前記b2同様の方法で塩化マグネシウムが注入された攪拌槽内の豆乳を攪拌して混合物を生成する工程と、

e2 攪拌槽内にへらを差し入れ、混合物の流動を静止する工程と、

f2 この静止した混合物を蛋白凝固させる工程からなる

g2 豆腐の製造方法。

6  イ号方法及びロ号方法は、いずれも本件各発明の構成要件を充足し、本件各発明と同様の作用効果を生ずるから、共に本件各発明の技術的範囲に属し、イ号方法又はロ号方法を用いて豆腐を製造し、これを販売する行為は本件各特許権を侵害する。

7  被告が、平成元年八月一日ころから平成四年七月末日まで、イ号方法又はロ号方法を用いて製造し、販売した商品名「にがり豆腐」又は「にがりソフト豆腐」の豆腐の販売代金は、以下のとおり合計金八億九四六〇万円を下らないから、原告の損害額は、その五パーセントの実施料相当額である金四四七三万円を下らない。

一日当たりの販売数量 約一万五〇〇〇丁を上回る

一か月の操業日数 平均二五日

一か月の販売数量 約三七万五〇〇〇丁

販売価格 一丁当たり金七〇円以上

8  よって、原告は、被告に対し、本件特許権(一)に基づき請求の趣旨第1項記載の差止め、本件特許権(二)に基づき請求の趣旨第2項記載の差止め、本件特許権(三)に基づき請求の趣旨第3項記載の差止めを求めるとともに、不法行為による損害賠償として、金四四七三万円及びこれに対する不法行為の結果発生後である平成四年一〇月一日から支払済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4は知らない。ただし、同趣旨の記載が、本件特許権(一)の特許公報にあることは認める。

3  同5は認める。

4  同6は否認する。

5  同7は否認する。被告が製造販売している「にがり豆腐」及び「にがりソフト豆腐」の量は、一日当たり合計八〇〇〇ないし九〇〇〇丁である。

三  被告の主張

1  本件特許権(一)の権利範囲について

(一) そもそも豆腐は旧来からある食品であり、その製造方法は基本的には公知技術である。

(二) 本件発明(一)の方法について新規性が認められる可能性があるのは、苦汁(塩化マグネシウム)混入に際しての攪拌の方法のみであり、しかも、「強く攪拌」すること自体は、公知のことであるから、結局新規性が存在する可能性があるのは、特許公報の発明の詳細な説明に示された攪拌の方法のみである。

そもそも、本件特許権(一)の出願当初の特許請求の範囲では、「攪拌槽内で強く攪拌」と記載されていた攪拌方法が、出願審査の過程で「具体的にどの程度の強さの攪拌をどのくらいの時間行うことなのか・・・不明瞭である。」との拒絶理由通知を受け、その後、「ほぼ三秒間程度で、かつ一秒間に〇・五~一回程度の回転スピードで」と特許請求の範囲が補正されたのであり、特許査定を受けるために具体化した方法について、本件訴訟において「一〇秒ないし一三秒間」の攪拌時間も特許請求の範囲に含まれる旨主張することは、禁反言の原則に反する。

(三) そうであれば、攪拌槽の形状、攪拌羽根の形状、攪拌のスピード等も特許公報の発明の詳細な説明や実施例にある形状、スピード等に限定されなければならない。

すなわち、攪拌槽は平坦な底面を備え、特許公報記載の図面の形状に限定された一枚の大きな攪拌羽根を備えた筒状のものでなければならず、その攪拌時間、スピードは、三秒間程度、一秒間に〇・五回~一回程度、塩化マグネシウムの混入後は二秒~四秒、最長六秒というものでなければならない。

2  本件発明(一)とイ号方法及びロ号方法の構成要件の相違点

(一) イ号方法(「にがり豆腐」の製造方法)における攪拌槽は、底面が平坦ではなく、半球状のものであり、攪拌羽根はプロペラ状のものであって、攪拌時間、スピードも一〇秒ないし一三秒くらいで、塩化マグネシウム水溶液を混入後三秒ないし四秒くらいで停止する。

したがって、攪拌槽の形状、攪拌羽根の形状及び攪拌時間が、本件発明(一)の構成要件とは異なるから、イ号方法は、本件発明(一)の構成要件を充足しない。

(二) ロ号方法(「にがりソフト豆腐」の製造方法)における攪拌槽も右(一)と同様に底面が半球状のものであり、攪拌羽根はなく、板状のへらで攪拌する。

したがって、攪拌槽の形状が異なり、攪拌羽根もないのであるから、ロ号方法は、本件発明(一)の構成要件を充足しない。

3  本件発明(二)(三)とイ号方法及びロ号方法の構成要件の相違点

(一) イ号方法及びロ号方法においては、本件発明(二)の苦汁分散剤を使用していない。もっとも、「エマライト」という名称の消泡剤を使用しているが、その成分及び重量パーセントは、以下のとおりであって、シリコン油を含んでいないから、イ号方法及びロ号方法は、本件発明(二)の必須要件を充足していない。

〈1〉 食用植物油脂 六四%

〈2〉 炭酸マグネシウム 二〇%

〈3〉 グリセリン脂肪酸エステル 八%

〈4〉 レシチン 八%

(二) また、イ号方法及びロ号方法においては、塩化マグネシウムとエマライトを予め配合していないから、本件発明(三)の構成要件を充足しない。

四  原告の反論

1  本件発明(一)の新規性は、「強い攪拌」と「豆乳の流れを短時間のうちに停止(静止)させること」にあり、「強い攪拌」については広い均等範囲が認められるべきであるから、イ号方法及びロ号方法の右各攪拌時間及びスピードも、本件発明(一)の技術的範囲内にある。

しかも、イ号方法及びロ号方法の右各攪拌時間及びスピードは、エマライトの量を必要以上に添加して、攪拌時間を延ばしているに過ぎないから、本件発明(一)の迂回方法あるいは改悪に当たる。

2  エマライトは消泡剤として使用されているのではなく、豆乳の均質乳化のために利用されている。そして、被告製品には、シリコン油が含まれている。

3  塩化マグネシウム水溶液あるいは塩化マグネシウム粉末とエマライトを使用している限り、本件発明(三)の苦汁分散剤と塩化マグネシウムを予め配合することと同じである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3及び5の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因6について判断する。

1  特許発明の技術的範囲について

特許法三六条は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨規定しており、同法七〇条は、これを受けて「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。したがって、特許法が、特許請求の範囲に記載されている事項は発明の構成に欠くことができない要件であるとして当該特許発明の技術的範囲を定めるべき旨規定していることは明らかである。

なお、本来の発明が特許請求の範囲に記載したものより広いものであったとしても、出願者は、その発明についてどの範囲で特許による保護を受けるかを自ら決して特許請求の範囲に発明の構成に欠くことができない事項を記載したものであるから、後になって、特許請求の範囲に記載した事項が発明の構成に不要なものであると主張し九り、その記載文言を緩やかに解釈して保護の範囲を拡大させることはできない。

2  本件発明(一)とイ号方法及びロ号方法の対比

(一)  まず、本件発明(一)の第1項における構成要件A1に対応するイ号方法の構成要件はa1及びb1であり、ロ号方法の構成要件はa2及びb2である。そして、構成要件A1においては、均質乳化されている豆乳を攪拌槽内にてほぼ三秒間程度で、かつ、一秒間に〇・五回~一回程度の回転スピードで強く攪拌することが要件となっているが、構成要件b1においては、毎秒八ないし九回転のスピードで一〇ないし一三秒間攪拌槽内の豆乳を攪拌することになっており、構成要件b2においては、一〇ないし一三秒間攪拌槽内の豆乳を攪拌することになっているので、構成要件b1及びb2は、構成要件A1を満たしていない(構成要件A1においては、「ほぼ三秒間程度」として、必ずしも三秒内であることを要件としてはいないが、その三倍以上の攪拌時間がほぼ三秒間程度という要件を満たさないことは明らかである。)。

したがって、その余の構成について比較検討するまでもなく、イ号方法及びロ号方法は、本件発明(一)の第1項の構成要件を充足せず、その技術的範囲に属しない。

ところで、原告は、本件発明(一)の新規性が、「強い攪拌」と「豆乳の流れを短時間のうちに停止(静止)させること」にあり、イ号方法及びロ号方法の右各攪拌時間及びスピードも、同じ作用効果をもたらすものであるから、本件発明(一)の技術的範囲内にある旨、イ号方法及びロ号方法の右各攪拌時間及びスピードは、エマライトの量を必要以上に添加して、攪拌時間を延ばしているにすぎず、本件発明(一)の迂回方法あるいは改悪である旨、「強い攪拌」については広い均等範囲が認められるべき旨主張する。

しかしながら、証拠(甲二の一、乙三)によれば、本件発明(一)については、出願の当初、特許請求の範囲第1項及び第3項に記載されていた「攪拌槽内で強く攪拌」とは具体的にどの程度の強さの攪拌をどのくらいの時間行なうことなのか発明の詳細な説明の記載をみても不明瞭であるとの拒絶理由通知がされたこと、被告はこれを受けて、特許請求の範囲の攪拌時間及びスピードを具体的に明記した手続補正書を提出し、その上で出願公告の決定を得たことが認められる。

そして、右の出願の経緯と「強い攪拌」が攪拌という物理的な作用によって豆乳に含まれている蛋白質、脂肪、リン脂質、水等を分散させ、大豆蛋白を均質に分散させる状態を作りだすとともに大豆脂肪を均質に乳化させるという課題を解決する具体的技術思想であること(甲二の一)とを併せ考えると、本件発明(一)における攪拌の強さという点において特許請求の範囲に具体的に記載された範囲を超えるイ号方法及びロ号方法をもって、迂回、改悪あるいは均等の方法であるとして、本件発明(一)の技術的範囲に含めることが相当でないことは明らかである。

なお、仮に原告の主張するように、エマライトが消泡剤としてではなく、豆乳の均質乳化のために利用されているとすれば、攪拌時間の差異とあいまって、イ号方法及びロ号方法においては、本件発明(一)の強い攪拌とは別個の方法、別個の技術思想により豆乳の均質乳化という課題を解決していることになる。

(二)  次に、本件発明(一)の第2項は第1項の構成要件をすべて取り込んでおり、第3項の構成要件A3の攪拌内容は第1項の構成要件A1と同じであるから、結局、イ号方法及びロ号方法は、(一)において判示したのと同様の理由により、本件発明(一)の第2項及び第3項のいずれの構成要件も充足しない。

(三)  したがって、イ号方法及びロ号方法は、本件発明(一)の技術的範囲に属していないことになる。

3  本件発明(二)とイ号方法及びロ号方法の対比

本件発明(二)の構成要件A4に対応するイ号方法及びロ号方法の各構成要件は、a1及びa2であるところ、証拠(乙五、六)及び弁論の全趣旨によれば、イ号方法及びロ号方法で消泡剤として使用されているエマライトには、食用植物油脂、グリセリン脂肪酸エステル、炭酸マグネシウム及びレシチンが含まれていることが認められるから、シリコン油も含まれておれば、右エマライトは本件発明(二)の苦汁分散剤に該当することになる。

そこで、シリコン油が含まれているか否かについて検討するに、証拠(甲二九、原告本人)によれば、原告が被告の製造した製品であるとしてその成分の分析を依頼した豆腐には、シリコン樹脂が九ppm、すなわち一〇万分の九だけ含まれていたことが認められるが、右検体が被告の製品であると認めるに足りる証拠はなく、また、仮に被告の製品であったとしても、右割合が極少であることからすると、本件発明(二)により製造されたものとの具体的な比較資料のない本件においては、それのみで、エマライトが本件発明(二)におけるシリコン油に相当する成分を含んでいると認めることも、被告がエマライトにシリコン油を加えて本件発明(二)の苦汁分散剤に相当するものを利用していると認めることもできない。

したがって、イ号方法及びロ号方法は、本件発明(二)の構成要件A4を充足していないから、本件発明(二)の技術的範囲に属しない。

4  本件発明(三)とイ号方法及びロ号方法の対比

本件発明(三)の構成要件A5に対応する構成は、イ号方法及びロ号方法には存在しない。すなわち、本件発明(三)の構成要件A5は、天然の苦汁と苦汁分散剤とを予め配合して均質化しておき、それを定量の豆乳に添加、反応させることを特徴としているのに対し、イ号方法及びロ号方法では、いずれも豆乳に消泡剤(エマライト)を加え、これを攪拌した後に塩化マグネシウム水溶液あるいは塩化マグネシウム粉末を注入することを内容としており、本件発明(三)の構成要件A5に該当する構成は存在しない。

したがって、その余の構成について比較検討するまでもなく、イ号方法及びロ号方法は、いずれも本件発明(三)の技術的範囲に属しない。

なお、原告は、塩化マグネシウム水溶液あるいは塩化マグネシウム粉末とエマライトを使用している限り、これは苦汁分散剤と塩化マグネシウムを予め配合することと同じである旨主張するが、右主張は、特許請求の範囲の記載を無視するものであって、到底採用できない。

三  以上判示したところによると、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 裁判官 田澤剛)

(別紙) 目録

一 イ号方法

1 底面が半球状の攪拌槽内に所定量の消泡剤を加えた豆乳を注ぐ工程

2 プロペラ状の攪拌羽根によって、毎秒八ないし九回転の回転スピードで一〇ないし一三秒間攪拌槽内の豆乳を攪拌する工程

3 所定量の塩化マグネシウム水溶液を攪拌槽内に注入する工程

4 三ないし四秒間前記2同様の方法で塩化マグネシウムが注入された攪拌槽内の豆乳を攪拌して混合物を生成する工程

5 攪拌槽内に金属板を差し入れ混合物の流動を静止する工程

6 この静止した混合物を蛋白凝固させる工程

からなる豆腐の製造方法。

二 ロ号方法

1 底面が半球状の攪拌槽内に所定量の消泡剤を加えた豆乳を注ぐ工程

2 板状のへらによって、一〇ないし一三秒間攪拌槽内の豆乳を攪拌する工程

3 所定量の塩化マグネシウム粉末を攪拌槽内に注入する工程

4 三ないし四秒間前記2同様の方法で塩化マグネシウムが注入された攪拌槽内の豆乳を攪拌して混合物を生成する工程

5 攪拌槽内にへらを差し入れ、混合物の流動を静止する工程

6 この静止した混合物を蛋白凝固させる工程

からなる豆腐の製造方法。

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